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第11回企画展示 相模線 きのう・きょう・あした
(会期:平成23年9月11日〜平成24年4月30日)


大正10年(1921)9月28日、わずか5qほどの小さな鉄道が産声をあげました。茅ヶ崎−寒川間で開業した相模鉄道、現在のJR相模線のルーツになります。 それからちょうど90年、橋本まで全通して80周年、電化されて20年と、節目の年が重なりました。 これらを記念して展示会を開催しました。
駅名標(当館蔵)
駅名標

相模線の90年

<相模鉄道の発足>
大正10年(1921)9月28日、相模鉄道が茅ヶ崎−寒川間で開通しました。 延長は約5.1qで、中間駅は香川駅のみ。鉄道省から払い下げられた蒸気機関車2両、客車2両、貨車14両でのスタートでした。
開通直後の寒川駅(大正11年、木内堅治さん所蔵)
開通直後の寒川駅(大正11年)
<路線の延伸と全通>
大正15年(1926)4月1日の倉見駅の開業に続き、同年7月15日には厚木駅まで延伸。中間には社家駅が置かれました。 すでに開業していた神中鉄道の厚木駅に接続、翌年には小田急の河原口駅も接続するようになり、3社が乗り入れる交通の要所となりました。
厚木−橋本間18.7qが開通し、当初計画された路線が全通したのは昭和6年(1931)4月29日です。
延伸記念乗車券(大正15年、当館蔵)、裏面は時刻表になっています
延伸記念乗車券(大正15年)
<西寒川駅の復活と廃止>
戦後は再び貨物専用線となっていた四之宮支線の西寒川駅は、昭和35年(1960)から旅客営業を再開しました。 周辺工場への通勤の足を担いましたが、昭和59年3月に廃止、跡地は八角広場として整備されています。
開業間もない西寒川駅(高澤一昭さん撮影)
開業間もない西寒川駅
西寒川行き最終列車
西寒川行き最終列車
<電化開業>
平成3年(1991)3月16日、相模線が電化され、4両編成の電車が走るようになりました。 茅ヶ崎駅と橋本駅で出発式が行われ、テープカットなどが行われました。
電化試乗招待券(当館蔵)
電化試乗招待券

二つの砂利支線

<川寒川支線>
川寒川支線は大正10年(1921)9月、茅ヶ崎−寒川間の開業と同時に敷かれた貨物専用線で、延長は1.4kmでした。 相模川の砂利搬出の拠点のひとつとして大きな役割を果たしましたが、昭和6年(1931)11月に廃止されました。
本線との分岐点付近(現況)(一之宮)
本線との分岐点付近(現況)
<四之宮支線>
大正11年5月、もう一つの貨物支線である四之宮線が開通、砂利輸送に活躍しました。 翌12年開業の東河原駅は「昭和産業」、「四之宮口」、「西寒川」と名称を変え、昭和15年から21年、および35年から59年は旅客営業を行いました。 昭和59年の廃止後、線路跡は一之宮緑道として整備され、町民のいこいの場となっています。
四之宮支線を走る貨物列車(昭和42年、高沢一昭さん撮影)
四之宮支線を走る貨物列車

相模線を支える組織

<相模線電化複線促進期成会>
昭和40年(1965)11月、寒川町公民館で相模線電化複線促進期成会の設立総会が開かれました。 沿線5市町に厚木市・綾瀬町を加えた7自治体の関係者が参加し、増発、電化・複線化、中間駅の新設などを国鉄に要望していくことが決議されました。
設立総会(当館蔵)
設立総会

展示ケースの資料から

<田口雅巳さんの描いた相模線>
湘南の風景画と、世相を風刺した戯画や立体造形という2つの顔を持つアーティスト、田口雅巳(1936〜2010)。 寒川町に長くお住まいになった田口さんに町制50周年を記念して平成2年に描いていただいた「寒川三十六景」と「昔日さむかわ」51点の中から、相模線の絵を選んでご紹介します。
旧寒川駅舎(寒川町蔵)
旧寒川駅舎
相模線西寒川駅(寒川町蔵)
相模線西寒川駅
<相模線グッズもろもろ>
さまざまな相模線に関する資料を平置きケースに入れ展示しました。
初詣記念切符(昭和58年、当館蔵)
初詣記念切符(昭和58年)
さよなら気動車オレンジカード
さよなら気動車オレンジカード

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