寒川総合図書館・寒川文書館:文書館をご利用の方

第15回企画展示 関東大震災と寒川
(会期:平成25年9月1日〜26年2月28日)


展示風景
展示風景
 過去の災害を知ることは、今後の災害への備えにつながります。おりしも今年は大正12年(1923)の関東大震災から90年目に当たります。
 そこで所蔵する記録資料から寒川を襲った関東大震災を中心とする過去の震災被害と復興の様子をまとめました。

1 寒川震災史

 関東大震災以前に寒川を襲った震災を概観しました。
 古代・中世については寒川町域の被害に言及した史料はありませんが、江戸時代以降の大きな震災については史料が残っています。
元禄地震で破損した建物を修復した経緯が記されています。
小谷福泉寺の棟束
(福泉寺蔵)
寅・卯の大地震=安政元年の安政東海地震(及び安政南海地震)と翌年の安政江戸地震により田が破損したとの記述が見られます。
大蔵村年貢皆済目録(部分拡大)
(菊地彰良氏蔵)

2 大震災の発生

 関東大震災の概説的な紹介と共に、神奈川県内の被害を写した写真や県下の被害状況をまとめました。 東海道線の鉄橋(下)と馬入橋(上)が崩落しているのがわかります。
相模川河口部の空撮写真
(『神奈川県震災誌』)
相模川の堤防が大きな被害を受けています。
決壊した厚木町内の相模川の堤防
(『大正大震火災誌』)

3 村の被害と対応

 寒川村は震源地に近いこともあって、建物や道路・橋梁の被害は甚大でした。
 また国内外の各所から物資や恩賜金、義援金が寄せられ、被災者を支援しました。
寒川の被害を写した貴重な写真ですが、具体的な撮影場所等は不明です。
寒川村一宮 人家の破壊
(『神奈川県農会報』)
被災者への心遣いだけでなく、被災地の役場への配慮も記されています。
製剤会社からの支援物資
(当館蔵 佐藤稔家文書)

4 復興の槌音

 寒川村は倒壊した小学校や村役場の再建を震災復旧事業の中心に据えて邁進しました。
 一方、民家や寺社の再建も村民の助け合いの中で進められました。
復旧事業の中でも特に小学校の再建に重点的に予算が投入されました。
再建中の寒川尋常高等小学校
(大川哲平氏蔵)
工事中は隣接する寒川尋常高等小学校内の仮事務所で執務が行われました。
再建中の寒川村役場
(大川哲平氏蔵)
被災した自宅を再建する際に寄せられた見舞品と、再建費用のリストです。
左:震災後居宅普請見舞受納帳(大浦節子氏蔵)
右:居宅普請入費並留吉・テル付込(鈴木フサ氏蔵)
この再建には愛川町半原の宮大工、矢内稲雄が携わっています。
再建された一之宮八幡大神
(『目でみるさむかわ』)

5 寒川神社の関東大震災

 関東大震災では寒川神社も被害を受けました。国幣中社であったため、社殿の復旧は国の予算で行われましたが、復旧奉賛会が組織されるなど、単なる「復旧」の枠を超えた動きが見られます。
神社本庁に保管されていた写真で、震災により傾斜した神門を写しています。
傾斜した神門
(『相模国一之宮 寒川神社誌』)
昭和3年の遷宮奉祝祭に際して作られた絵葉書の1枚で、再建された社殿を写しています。
復旧した社殿
(国幣中社寒川神社遷宮奉祝祭絵葉書)

6 震災の記録と記念碑

 関東大震災の体験は様々な資料に記録されました。また震災の記録を後世に継承するための記念碑も町内に4基建立されています。
葬儀の供物等を記した帳面に追悼文が記されています。文を記したのは亡くなったてい子さんの兄で、のちの文人町長真田喜一です。
テイ葬儀ノ控
(真田耿子氏蔵)
一之宮地区の被害状況および犠牲者の名前等が記されています。
大震災紀念碑
(一之宮 八幡大神)
宮山の旭地区の被害状況と共に、大工職の谷澤長蔵父子が家屋の復旧に献身したことが記されています。
大震災記念(碑)
(宮山 北部文化福祉会館)

7 町の防災対策

 次に来る大きな災害に備えて、町民の安全を確保するために寒川町が行っているさまざまな対策、その一端をご紹介します。
広域避難所の立看板
広域避難所の立看板(さむかわ中央公園)
災害時職員行動マニュアル
災害時職員行動マニュアル

展示ケース

 震災の発生を伝えた新聞の複製版と、新出の寒川村役場文書の簿冊を展示しました。
  ・大阪朝日新聞 大正12年9月2日号 (当館蔵 村田保男家文書)
  ・新出の寒川村役場文書 (当館蔵 佐藤稔家文書)
本文ここまで