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第18回企画展示 浜降祭 寒川の記録資料から
(会期:平成27年6月27日〜7月26日)


平成25年の浜降祭
平成25年撮影
 湘南に夏の到来を告げるといわれる暁の祭典・浜降祭。毎年7月、茅ヶ崎海岸に多くの神輿が集まる盛大な祭礼ですが、今日の様相になるまでにはさまざまな曲折がありました。  茅ヶ崎市・寒川町広域連携事業として開催する企画展のうち、寒川会場では、おもに寒川に残された記録資料を中心に、祭りの変遷に着目してたくさんの資料をご紹介します。

浜降祭の記録

 浜降祭に関わった先人たちは、さまざまな形で記録を残してくれました。翌年の運営に備えるため、思い出を残すため、祭りを広く伝えるためなど目的はさまざまですが、 これらを見ることで、私たちは過去の祭礼の姿を知ることができます。 浜降祭日記
浜降祭日記
(寒川神社蔵)
寒川町観光絵葉書
寒川町観光絵葉書(平成8年発行)

浜降祭の起源

 浜降祭の起源として、天保年間に国府祭に出かけた神輿が流されたという説があります。一方、それ以前からすでに浜で禊ぎをしていた痕跡が見受けられます。 ここではこれらの根拠となる史料を紹介します。 安永期の記録
安永9年(1780)の記録
(寒川神社蔵)

日程の変更

現在、浜降祭は7月第3月曜の海の日に行われていますが、@旧暦6月15日(明治5年以前)、A新暦6月30日(明治6〜8年)、B7月15日(明治9〜平成8年)、 C7月20日(平成9〜平成15年)と、祭礼の期日には変遷がありました。 日程変更願書
7月15日への変更願書
(明治9年、寒川神社蔵)

供奉する神社

 祭りに参加する神輿は時代によって推移がありました。表やグラフでその変化をご覧いただきます。また、菅谷神社や鶴嶺八幡宮は歴史的な経緯により、 祭礼に一定の役割を果たしています。 菅谷神社神輿
菅谷神社神輿

浜からの道順

 神輿の渡御ルートにも移り変わりがありました。最も古い図面は大正4年の警察への届け出書類のもので、行きと帰りで一部違う道を通っていたことがわかります。 。 大正4年のルート図
大正4年のルート図

歴史の中の浜降祭

 浜降祭の長い歴史の中には、国内で起きたさまざまなできごとに対し、祭りの存続や運営について大きな決断を迫られたこともありました。 ここでは、先人たちがどのように対処したのか、いくつかの事例をご紹介します。 陸軍兵士名簿
昭和20年に奉仕した
陸軍兵士の名簿(寒川神社蔵)

浜からの帰り

 浜での神事を終えた神輿はそれぞれ各社に戻っていきますが、その際、昔ながらの伝統的な行在所に立ち寄ることがある一方、新たなイベントに参加する場合もあります。
寒川駅前の神輿
寒川駅前の神輿
(昭和50年)

展示ケースから


宮山神輿愛好会と一之宮八幡大神の半纏
(鈴木隆俊氏蔵)
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