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第18回企画展 記録が語る銃後 大蔵自治会文書にみる戦時下の暮らし
(会期:平成27年8月2日〜10月24日)


展示会場
展示会場
 「銃後」とは、直接の戦闘に加わらず背後でこれを支援する体制のことをさします。寒川からも多くの人が戦地へ向かった一方、地域に残った人たちも国家総動員体制のもと、 さまざまな制約を受けながら戦争一色の生活をしていました。
 大蔵自治会には当時の暮らしぶりを物語る貴重な記録がたくさん残されています。戦後70年という節目を迎える今年、この記録を中心に戦時下という時代を振り返ります。

1 大蔵について

 大蔵村は江戸時代初頭に岡田村から分村して成立したといわれ、旗本・石川氏の領地でした。明治7年(1874)の大区小区制では第18大区小区に属し、 明治22年(1889)の市制町村制で寒川村の大字となり、今日に至ります。。 大蔵の位置
大蔵の位置
石川氏の墓地
近世の領主・石川氏の墓地
(横浜市戸塚区大善寺)

2 大蔵自治会文書とは

 大蔵自治会文書は、自治会長に代々引き継がれてきました。総数は861点です。明治32年(1899)から昭和49年(1974)までの地域の運営や、 農業生産、祭礼、役場からの通知など多岐にわたる史料があります。
 昭和63年(1988)ごろ、町史編さんのために自治会から町が借り受け整理をすすめ、平成25年(2013)に寒川文書館に寄託されました。  このコーナーでは、戦時中以外の特徴的な史料を紹介します。
地価大寄取調帳
地価大寄取調帳
明治32年(1899)
町体役員委嘱状
町民体育大会役員委嘱状
(昭和49年)

3 常会と隣組

戦時体制下、国や県からの指示伝達の徹底が図られるように、寒川町にも大字ごとに部落会、その下に隣組が整備されます。 隣組は供出・配給などの業務を担い、回覧板を通して銃後の守りの活動を推進しました。 隣組臨時回報
隣組臨時回報
増税と貯蓄はこの心構えで
昭和18年(1943)
 隣組回覧板
隣組回覧板
年末年始実施要項
昭和18年(1943)

4 物資の統制

昭和13年(1938)3月の国家総動員法公布以降、銃後の人々は、食料や衣料など生活必需品の配給制、金属類などの供出、戦時債券の購入など、 あらゆる面で戦時体制の維持に協力することを義務づけられました。 菓子購入券
菓子購入券
レコード回収
米英音楽レコード回収の通知
昭和18年(1943)

5 戦局の進展

 太平洋戦争末期には戦局は悪化し、日本各都市への空襲も激化します。日本は「本土決戦」を念頭に置いた決戦体制へと急速に向かっていくことになります。 灯火管制
灯火管制についての注意
防火訓練
家庭防火群訓練操典
昭和17年(1942)

6 終戦を迎えて

 昭和20年(1945)8月15日太平洋戦争が終結しました。以後、旧日本軍の解体、連合国軍の進駐、軍人の復員などが行われ、生活のあり方が一変する一方で、 物資不足は依然として続き、配給制度は継続されました 工廠の物資払下
相模海軍工廠物資払い下げ通知
昭和20年(1945)
連合軍進駐
連合軍進駐につき住民心得
  昭和20年(1945)

8 復興に向けて

 昭和21年(1946)11月3日、日本国憲法が公布されました。民主的な選挙が実施され、農地改革をはじめ様々な制度の改革が行われました。 そして、これまで「銃後」を支えた常会・隣組の制度も廃止となります。
衆議院選の候補者
衆議院議員選挙候補者一覧
(神奈川3区)
昭和22年(1947)

展示ケースから

灯火管制の資料
(広田正敏氏蔵)

灯火管制用の電球

灯火管制の電灯カバー
(折り畳み式) 灯火管制用の電球

灯火管制の電灯カバー
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