寒川総合図書館・寒川文書館:文書館をご利用の方
メニューここから
メニューを飛ばす
メニューここまで
本文ここから

閲覧できる古文書


田端

番号 文書群名 点数 目録 内容
01-01 木内哲夫家文書
downroad
(57kb:エクセル)
201点 1集 近世文書は、朝鮮通信使・琉球来聘使の人馬動員、村役人任命状、用水争論などのものがある。明治以降では、砂利採取、畜産組合など田端の産業の特色を示すものが見受けられる。
01-02 村田一美(保)家文書
downroad
(40kb:エクセル)
124点 1集 田端村の名主文書。田端村は本間、高木両氏の相給知行であったが、村田家は本間の名主を務めていた。村役人任免や御用金に関するものなどが中心である。
01-03 楠谷 稔(茂正)家文書
downroad
(55kb:エクセル)
179点 1・13集 近世文書は村役人の任命に関するもの。明治期では地券、軍隊の辞令などがある。明治末から大正期にかけての寒川村議会の議事録等は、役場に現存する公文書を補完する貴重なもの。
01-04 大川勝徳(明)家文書
downroad
(25kb:エクセル)
58点 1集 古文書と典籍がほぼ半々。古文書は、貞享元年(1684)の田畑水帳、地券、学校の賞状など。
01-06 貴船大神文書
downroad
(49kb:エクセル)
173点 1集 神社の各年度の会計簿、祭礼時の収支などの簿冊が中心。
01-07 石黒直治家文書
downroad
(34kb:エクセル)
46点 1集 幕末から明治初期の状物を中心に内容は多岐にわたっており、地頭所の勝手賄や借金に関するもの、奉公人請状、倉見村役人の任免、質地証文などがある。
01-09 小林正夫家文書
downroad
(114kb:エクセル)
532点 未収録 昭和35年から39年まで町長を務めた小林武雄氏の資料が中心。高度成長期の工業用地造成や町政運営に関わるものが多く、町の公文書を補完する貴重な資料群といえる。
01-10 田端自治会文書
downroad
(291kb:エクセル)
929点 2集・13集 自治会文書としては町内で最大級のもの。近世文書は、用水争論に関するものが半数を占める。明治以降は、地租改正、貴船神社の祭礼、道路や堤防の普請に関するものから、青年会の活動記録、日本住宅公団による工業団地の造成関係など多岐にわたる。
01-15 斎藤吉照家文書
downroad
(14kb:エクセル)
2点 13集 貴船神社神職斎藤土継の住居についての証文と、学校増築・道路工事・堤防工事などをめぐる打合せ書の2点。
01-17 石黒久雄家文書
downroad
(33kb:エクセル)
87点 13集 石黒秀雄氏の遺した史料が中心。昭和22年から町議会議員、昭和38年から町収入役を務め、その間の議案書や通知書の綴りなどがある。
01-23 菊地勝家文書
downroad
(59kb:エクセル)
94点 6集 大正8年(1919)から昭和15年(1940)までの8冊の日記帳は、毎日の天候と農作業の内容を書き留めたもので、農家の労働の様子を知るうえで貴重なもの。戦後の史料としては、農業委員会や一之宮分校後援会のものがある。
01-25 生往寺文書
downroad
(29kb:エクセル)
7点 未収録 浄土宗・生往寺に伝来した文書。昭和期に記された生往寺や車地蔵の沿革史のほか、徳川綱吉の嫡子徳松の御手遊道具の由来書等がある。
01-29 医王院文書
downroad
(14kb:エクセル)
2点 13集 真言宗・医王院に伝来する文書2点。一つは神仏分離の際、貴船社の神事を医王院が手放す時のもの。もう1点は昭和25年に編まれた医王院の縁起である。
01-35 高橋光雄家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 未収録 二宮尊徳についての刊本1冊。
01-37 石黒行雄家文書
downroad
(15kb:エクセル)
11点 未収録 昭和30年前後の寒川町民体育大会プログラムや寒中祭プログラム、第10回国体の応援小旗、第14回国体記念乗車券など。
01-38 村田 仁家文書
downroad
(15kb:エクセル)
1点 未収録 関東大震災時の大阪毎日新聞。

一之宮

番号 文書群名 点数 目録 内容
02-01 入沢輝央家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 1集 文久年間とみられる、徒党を組む困窮民を取り締る幕末の触書1点。
02-04 内田トミ子(虎雄)家文書
downroad
(27kb:エクセル)
14点 2集 元禄11年(1698)の「田畑御水帳写」は検地帳のうち当家所有分を書き写したもの。他に明治・大正期の香典帳や日露戦争の入営餞別帳などがある。
02-05 入沢 章家文書
downroad
(993kb:エクセル)
6099点 4集 近世文書は、本宅・向店・江戸における商業活動に関する経営史料、改革組合村関係史料など。典籍は、文学関係、漢学書、算術書、明治初年の啓蒙思想に関するもの等々。
02-07 鈴木猪太郎家文書
downroad
(348kb:エクセル)
5点 11集 明治6年に神奈川県から出された布達類をまとめた留帳、大正5年に小学校を統合する際の陳情書など。
02-08 一之宮八幡大神文書
downroad
(281kb:エクセル)
929点 5集 区有文書的なものと神社関係のものに大別できる。前者は戸長役場文書、砂利採取、区費、共同労働に関するもの等。秣刈取出入に関する近世文書も含まれる。後者は大正初期〜昭和40年代の祭礼費用勘定帳が中心。
02-12 高橋春吉家文書
downroad
(14kb:エクセル)
3点 11集 明治期の学校関係の史料。旭学校への寄付金に対する褒状と、同校の学年・学期の修了証書2点がある。
02-13 吉田博國家文書
downroad
(14kb:エクセル)
10点 11集 学校手帳、寒川村青年団の機関誌『寒川の泉』第16号がある。
02-16 村田英郎家文書
downroad
(29kb:エクセル)
19点 11集 当家の村田喜助は昭和初年に郵便局長を務めた。昭和9年の局舎建設関係の史料がある。
02-21 村田八千雄(正恭)家文書
downroad
(14kb:エクセル)
8点 11集 近世文書は宝暦7年の上借添証文1点。明治期では一之宮小学校の修業証書、高野山の勧進簿がある。
02-27 菊地由宜家文書
downroad
(14kb:エクセル)
7点 11集 小田原城主だった大森氏の末裔で、田端生往寺の開基である菊地家の初代・下総守泰次の来歴について記したものなど6点。
02-29 広田孝平家文書
downroad
(17kb:エクセル)
15点 11集 昭和5年から17年まで寒川村長・寒川町長を務めた広田孝基の遺した文書。相模川の架橋問題、軍需工場の進出、町制施行、議会議案書など、当時の寒川の行政課題を反映したものが多い。
02-33 広田長治郎家文書
downroad
(38kb:エクセル)
107点 11集 上限は正徳5年(1715)の質地証文。他に当家の善八が会主を務めた総益講に関するもの、小作に関する帳簿、オート三輪車「くろがね」を製造していた日本内燃機の社報などがある。99の「年中行事」は、一年の節目ごとに作る供え物の手控えで、醤油の仕込みの記録も併記されている。同様のものは、0204入沢章家にもある。
02-34 高橋多賀江(シゲ)家文書
downroad
(14kb:エクセル)
4点 11集 『寒川町史研究』第8号に掲載した聞書き「宮山寮からみた相模海軍工廠」の話者の一人である高橋シゲさんの使った通帳や衣料切符。昭和19年の郵便貯金通帳には「相模海軍工廠」の肩書きがみられる。
02-36 台畑稲荷講文書
downroad
(14kb:エクセル)
3点 11集 一之宮の北町の台畑地区で行われる稲荷講の諸経費を書き留めた簿冊。
02-38 一之宮東町稲荷講文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 13集 安永10年に伏見稲荷が妙光寺に発給した勧請証文「正一位稲荷大明神安鎮之事」1点。平成27年2月当館へ寄託。
02-59 鈴木博家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 未収録 明治13年刊行の一之宮村の「一村字限切図」が1点。一之宮村の小字別に、一筆ごとの土地の形状、地目、地番がわかる地図集。
02-65 村田家文書
downroad
(22kb:エクセル)
48点 未収録 一之宮村の領主であった旗本松平氏から課せられた冥加金の証文類や、村役人任命状、苗字帯刀御免状などの近世文書。
02-75 高橋博家文書
downroad
(14kb:エクセル)
7点 未収録 昭和25年創刊の寒川中学新聞第1号〜第8号(第7号欠)。
02-76 内田善計家文書
downroad
(66kb:エクセル)
103点 未収録 昭和初期の賞状103点。
02-79 戎谷秀子家文書
downroad
(18kb:エクセル)
1点 未収録 昭和59年3月31日、西寒川支線廃止時に発行された「相模線寒川・西寒川間さよなら記念」切符2組。
02-80 滝田義明家文書
downroad
(23kb:エクセル)
1点 未収録 神奈川中央交通茅ヶ崎営業所のバス路線図。年代の記載がないが、茅ヶ崎−西一之宮間の路線が図示されていることから、昭和59年以降のものである。

中瀬

番号 文書群名 点数 目録 内容
03-05 小泉薫家文書
downroad
(22kb:エクセル)
13点 11集 寛政8年(1796)から大正10年(1921)までの史料。証文類が多いが、明治10年(1877)の村用掛の任命書といったものもある。

大曲

番号 文書群名 点数 目録 内容
04-05 大曲自治会文書
downroad
(29kb:エクセル)
70点 11集 代々の自治会長に引き継がれてきた史料で、木箱に入っている。地租改正にともなう諸帳簿、昭和恐慌期の失業対策に関するもの、戦時中の通達文書、戦後の会計帳簿など。
04-06 竹内千鶴子家文書
downroad
(80kb:エクセル)
106点 11集 おもに竹内八十八氏が遺した文書。氏は明治28年(1895)一之宮小学校訓導となったのを皮切りに、旭、懐島(茅ヶ崎市)、寒川各小学校の訓導を務めた。その間の辞令、講習終了証などが多い。退職後は膏薬の製造販売にも携わっており、それに関する昭和17年の帳簿もある。
04-07 高橋聰暢家文書
downroad
(78kb:エクセル)
161点 11集 おもに高橋勘之丞氏が遺した文書。氏は明治18年(1885)生まれ。大正年間に醤油醸造会社を設立するとともに、村会議員その他の公職を歴任。その一方で、「勧農鳥」の雅号による俳句などの著作があり、その原稿も残っている。
04-10 鹿生幸男家文書
downroad
(66kb:エクセル)
1点 未収録 大曲・一之宮地区の砂利採掘に関する住民説明会資料。
04-11 井澤勝良家文書
downroad
(66kb:エクセル)
288点 未収録 慶応元年の遺跡証文が最も古い。ほかは家経営に関係する領収証や請求書、質地証文、借金証文など。明治期が多い。

下大曲

番号 文書群名 点数 目録 内容
05-01 鈴木勝比古家文書
downroad
(14kb:エクセル)
10点 5集 大正末から昭和初期にかけての史料。下大曲神社の造営や祭礼の費用に関するものや、部落費の収支にかかわるものなど、村の公共のものが中心。
05-02 岩崎 功(君子)家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 5集 明治20年(1887)に作成された下大曲村の絵図が1点。

岡田

番号 文書群名 点数 目録 内容
06-01 三枝茂代家文書
downroad
(185kb:エクセル)
744点 1集 三枝家は岡田村のうち旗本石川氏の知行分の組頭、名主を勤めていた。年貢、先納金、勝手賄などに関する史料が多く見られる。
06-02 三沢恵一家文書
downroad
(653kb:エクセル)
3213点 2・13集 大福帳、小作預口帳のほか、酒や米の注文書、荷物の送り状、奉公人請状、質地・借金証文など、幕末〜大正までの地主経営関係の史料が多い。ほかに近世史料では助郷に関するものや観護寺の過去帳、賄帳、普請帳など。戦後では青年団に関するものがある。
06-05 後藤進家文書
downroad
(18kb:エクセル)
3点 2・12集 江戸期の史料1点(赤穂事件の顛末を記した書簡の写)と明治期の史料2点(相続による土地の異動についてのものと、甘藷の盗難の被害届)。
06-07 村田武夫家文書
downroad
(76kb:エクセル)
135点 未収録 寒川町郷土研究会の初期の運営に尽力した村田幸枝氏の収集資料が中心。相模鉄道、青年団、学校教育など内容は多岐にわたっている。
06-10 東岡田庚申講文書
downroad
(25kb:エクセル)
9点 第12集 東岡田では、庚申の日に掛軸を拝み共同飲食をする講が行われ、明治43年(1910)以降は傘無尽も行われていたが、昭和18年(1943)に中止された。毎回の宿(当番)を記録した「庚申帳」、無尽講の記録である「傘総益帳」などがある。
06-23 大久保 隆家文書
downroad
(17kb:エクセル)
20点 1集 農地改革や農地委員会、農業協同組合の設立など、昭和20年代の農業の改革に関するものが多い。
06-24 三枝芳一家文書
downroad
(17kb:エクセル)
45点 13集(一部) 三枝惣治氏の収集資料。『広報さむかわ』は昭和24年の創刊号から綴られているほか、農協関係、農作業日誌、郷土史関係など多岐にわたっている。
06-58 木村長茂家文書
downroad
(17kb:エクセル)
29点 未収録 菅谷神社神輿関係、岡田村の田畑其外反別取調野帳、土地改良関係など、昭和期の資料が中心。
06-60 斎藤維男家文書
downroad
(17kb:エクセル)
1点 未収録 江戸期の百人一首1点。

大蔵

番号 文書群名 点数 目録 内容
07-01 菊地基泰家文書
downroad
(380kb:エクセル)
1688点 7集 大蔵村の名主、菊地家の文書群。江戸期史料は42点。明治5〜12年頃までは布達類、明治13年頃からは小学校関係記事、明治20年代からは私的文書が多い。
07-03 石井基久(恒夫)家文書
downroad
(111kb:エクセル)
401点 13集 幕末から明治にかけては土地関係の資料が多い。大正以降は当家の人々が受けた賞状類が多くあり,また第2次大戦中は横須賀からの学童疎開や食糧配給に関するものなどが散見される。
07-04 石井正雄家文書
downroad
(14kb:エクセル)
2点 5集 相模鉄道倉見−厚木間が開通した際の記念乗車券と、天保期の典籍。
07-06 柴田朝光家文書
downroad
(18kb:エクセル)
2点 未収録 豚霊碑建立記念の冊子と高座豚関係新聞記事の切り抜き。柴田家は昭和6年にイギリスから輸入され、高座豚の基礎となった種牡豚ペンドレーバグルボーイ2世号を寒川で飼育した家で、豚霊碑も柴田家の宅地内に建立されたが、碑はのちに興全寺に移された。
07-07 大蔵自治会文書
downroad
(292kb:エクセル)
861点 7集 昭和期の文書が圧倒的多数を占める。第二次世界大戦下の部落会(町内会)の役割について知りうる史料のほか、連合軍関係の文書、農地改革に関する通知文書などが残存する。
07-11 藤井角之助家文書
downroad
(22kb:エクセル)
44点 7集 幕末から昭和10年代にかけての当家にかかわる史料。祝儀・不祝儀帳、結納の目録、卒業証書、農産物品評会の賞状などがある。
07-12 大蔵生産組合文書
downroad
(146kb:エクセル)
211点 7集 用水費に関する昭和初期の文書が中心だが、戦後期の穀物の供出や出荷奨励金に関する文書、高度成長期の米の増産に伴うヘリコプターでの農薬散布関連の文書といった、時代状況を反映した資料がみられる。
07-13 栗田登家文書
downroad
(19kb:エクセル)
25点 7集 大蔵で盛んであった養豚関係のものが中心。
07-14 藤井彰家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 未収録 昭和40年の寒川町家屋名入地図1点。

小谷

番号 文書群名 点数 目録 内容
08-01 福泉寺文書
downroad
(224kb:エクセル)
496点 13集 福泉寺は曹洞宗の寺院で、慶長2年(1597)没の麟哲の開山と伝えられる。大般若波羅蜜多経(大般若経)は600巻からなる経典で、これを供養し転読(全文読経をするかわりに題目等を読み上げること)すれば、災いを避けることができるという。福泉寺に現存するのは496巻で、供養者として寒川町内および周辺地域の人名が記されている。
08-05 小谷自治会文書
downroad
(126kb:エクセル)
365点 5集 地租改正時の「土地縦横帳」と切図が最も古い。ほかには部落費、用水費、消防費などの帳簿や、灯火管制、衣料切符、防空壕など戦時中の生活にかかわる通知文書綴など。
08-06 三沢一雄家文書
downroad
(16kb:エクセル)
3点 11集 倉見の五島家の経営に関する簿冊のほか、負傷の出征兵士への見舞状、行政からの通知・依頼文書など。
08-07 大久保俊明(政雄)家文書
downroad
(14kb:エクセル)
3点 5集 3点はいずれも絵図である。明治6年(1873)の絵図は岡田、大蔵、小谷3か村の田畑、山林などの土地利用が数色に塗り分けられ、家並みや寺社の位置もわかる。小谷村の粗絵図は、6つの並塚の位置が示されている。
08-08 杉崎清(正雄)家文書
downroad
(105kb:エクセル)
154点 12集 昭和30年代から40年代にかけての自治会関係史料。正雄氏が区長(自治会長)を務めた際の文書綴で、上水道の敷設、相模線電化問題、美化運動、文化祭等々、町民の生活にかかわる事柄が詳細に窺える。
08-21 綿貫義人家文書
downroad
(16kb:エクセル)
12点 未収録 昭和20年「寒川国民学校成業貯金通帳」(寒川町農業会)ほか、戦争中の感謝状・褒状など。
08-24 三沢 誠家文書
downroad
(21kb:エクセル)
40点 未収録 寒川町青年団の機関誌「寒青新聞」、定期大会や講習会資料など、寒川町および神奈川県青年団協議会関係資料。
08-34 大久保七郎家文書
downroad
(13kb:エクセル)
2点 未収録 小谷出身の入隊者からの近況報告の葉書2点。
08-37 若菜豊家文書
downroad
(18kb:エクセル)
2点 未収録 昭和33年(1958)頃のトマトの出荷ラベルと西瓜の出荷シール。

小動

番号 文書群名 点数 目録 内容
09-01 脇 文亮(万之亮)家文書
downroad
(102kb:エクセル)
356点 1・13集 小動村の名主文書。年貢、土地、戸口、救恤、助郷など全般にわたるが、とくに土地関係が内容的に豊富。検地帳は天正20年(宝永期の写)、万治元年、正徳5年の3種類。地租改正関係の簿冊や絵図も多い。
09-02 阿部 武家文書
downroad
(63kb:エクセル)
220点 2・13集 近世・近代を通じて、土地や金銭関係の証文が多い。ほかに近世では、天明2年に田沼領が幕領に支配替えになる際の田沼領への復領願いや、安政6年の金比羅宮参詣時の道中日記、慶応期の村送り証文など。明治以降では、県布達、修業証書、皇国地誌の下書など。
09-04 小嶋龍巳家文書
downroad
(37kb:エクセル)
39点 6集 万治元年の検地帳2点、宝暦11年・天明3年の名寄帳、天明8年の村明細帳など、小動村関係の地方史料が中心。また、当家とつながりを有する獺郷村東陽院の関係史料もある。
09-05 市川澄雄(勝雄)家文書
downroad
(37kb:エクセル)
38点 13集 天正20年・万治元年・宝暦12年の検地帳写しをはじめ、近世文書5点。明治5年の県からの達書、寒川村青年団文芸誌「寒川の泉」3冊ほかがある。
09-08 土屋シヅヱ(貞雄)家文書
downroad
(19kb:エクセル)
26点 13集 土屋千太郎・宗吉父子の従軍関係の記録。宗吉氏の戦死通知、新聞記事、村葬の記録、弔辞、軍隊手帳など。

宮山

 
番号 文書群名 点数 目録 内容
10-02 寒川神社文書
downroad
(417kb:エクセル)
1714点 3集 近世以前の文書は、戦国末期と推測される「相州一宮引付事」をはじめ神領安堵状、朱印状の写しなど。近現代史料は社務日誌、庶務・会計関係書類、祭礼に関する文書など。祝詞は明治4年の大嘗祭に関するものが最も古く、時代を反映したものがみられる。典籍類は歴史書と神道に関するものが多い。
10-03 杉山六郎家文書
downroad
(126kb:エクセル)
430点 2集 宮山村朝日組の名主文書。襖の下張りに使っていた御用留や年貢皆済目録などを詳細に目録化した。他に文化6年(1809)のムラ明細帳、蚕の共同飼育や目久尻川改修などの史料がある。
10-06 金子登喜男(保)家文書
downroad
(76kb:エクセル)
307点 10集 当家は真言宗西善院の世話人・檀家総代を永く務めたため、大正期を中心に同寺の会計簿や普請の記録が多くある。他に、昭和初期の学校での賞状、戦病死した金子利夫氏に対する弔辞、戦後の農地改革に関するもの、遺族会・老人会関係など。
10-11 高橋恵一(市造)家文書
downroad
(27kb:エクセル)
23点 10集 昭和初期以降の農業経営関係が中心である。とくに昭和7年(1932)の農事日記帳(NO.6)は、農作業の過程が克明に記されており、当時の生産暦を知るのに貴重である。
10-15 井出司乃夫家文書
downroad
(28kb:エクセル)
74点 10集 株や土地の売買など、明治末から昭和かけての経営関係の資料が多い。寒川村産業組合の総会開催通知(24)は、同組合の活動を知る上で貴重なものである。
10-18 中島康雄家文書
downroad
(169kb:エクセル)
481点 10集 共有地の地券、会計帳簿、治水工事関係、用水管理に関するものなど自治会史料(明治9年〜昭和12年)のほか、昭和40年代に中島正重氏が町議会議員を務めた際の史料がある。自治会史料は、10-16宮山自治会文書を補完する史料群である。
10-19 中島満三家文書
downroad
(20kb:エクセル)
10点 6集 祝儀・不祝儀帳、結納目録や、宮山にあった牧場の公告など多岐にわたっている。慰問文に対する兵士からの礼状や、国防資金寄贈に対する海軍大臣からの礼状もある。
10-20 横溝正明(宇一)家文書
downroad
(555kb:エクセル)
868点 10集 土地関係、興全寺檀家総代関係、明治・大正期の卒業証書、衣料切符など戦時中の生活に関するもの、戦後の苺や花卉の生産に関するもの等々、内容はきわめて多岐にわたっている。
10-21 金子幸一家文書
downroad
(30kb:エクセル)
33点 10集 戦時中の貯蓄・債券・保険関係が多い。「皇国農家手帳」は神奈川県が発行したもので、経営規模、作物の生産と供出状況などが記入できるようになったものである。
10-23 石黒清治(明)家文書
downroad
(102kb:エクセル)
375点 6集 文政5年以降の証文類が数多くある。とくに、奉公人の請状・契約書は74点あり、寒川をはじめ広い範囲から当家へ奉公に来ていたことがわかる。
10-26 宮山下町神社総代文書
downroad
(90kb:エクセル)
239点 6集 大正3年に宮山神社として合祀される以前に下町にあった八剣社の祭礼賄帳・若者組関係史料、合祀後の毎年の「諸費帳」など。
10-29 金子幸弘(宏)家文書
downroad
(23kb:エクセル)
16点 10集 シベリア抑留中に戦病死した金子得太郎氏の関係資料。小学校時代の賞状や学童手帳、横須賀の海軍航空技術廠工員時代のもの、現役兵決定通知など、一連の履歴を窺うことができる。
10-33 福岡貞夫家文書
downroad
(346kb:エクセル)
2点 6集 昭和26年の寒川小学校卒業記念文集、昭和31年『寒川の泉』10。
10-37 横溝義則家文書
downroad
(114kb:エクセル)
366点 6集 幕末から昭和30年代までの家政史料が中心で、証文類や土地登記関係が多い。なお、年代不詳だが、宮山村十五日免組の組頭役任命状が1点ある。 近世の宮山村は5つの組に分かれ、それぞれに村役人が置かれていた。そのひとつ十五日免組は、現在は地名として残ってないが、この史料により 当家のある上合地区がこの組にあたると推定できる。
10-39 福岡明允家文書
downroad
(26kb:エクセル)
84点 10集 福岡信氏の記録や蔵書が中心。教員時代の日記や教案など。退職後は宮山区長を務めたため、自治会の記録もある。
10-46 井出哲夫(政穂)家文書
downroad
(18kb:エクセル)
2点 未収録 民生常任委員会議事録と寒川中学校PTAだよりがある。
10-62 旧五島家文書
(寒川町教委蔵)
downroad
(14kb:エクセル)
2点 未収録 倉見の大地主の旧蔵文書。寒川村農会に関する綴と尋常小学校修業証書の2点。綴には農会会則や通知書、農会評議員総代会議案など、大正期の農会に関する様々な資料が含まれている。
10-68 熊井家文書

downroad
(14kb:エクセル)
1点 未収録 昭和14年の「祝入営帳」。
10-70 小林 隆家文書

downroad
(14kb:エクセル)
2点 未収録 西寒川支線廃止記念乗車券など。

倉見

番号 文書群名 点数 目録 内容
11-02 鈴木藤雄家文書
downroad
(45kb:エクセル)
142点 第2・9集 明治初年から昭和期にかけて、地券・質地証文などの資料が中心となっている。
11-03 長崎至宏家文書
downroad
(19kb:エクセル)
18点 第5集 当家は幕末より醤油・味噌の醸造を手がけ、大正9年(1920)には寒川醸造株式会社を設立したが、関東大震災の被害により会社を譲渡した。この会社の設立時の株券のほか、門沢橋村との境争論や質地の判取帳などがある。
11-04 森 新司家文書
downroad
(24kb:エクセル)
33点 第5集 地租改正時をはじめとする明治・大正期の簿冊や絵図が中心である。明治8年の地租改正野帳は1冊を除いて倉見村全部が揃う。
11-05 森 誠家文書
downroad
(20kb:エクセル)
26点 第5集 当家は旗本高木氏の名主を務めたうちの一軒。領主の大坂在番赴任中の経費の書き留め、伊勢参詣日誌、質地出入りの裁許、村送り証文など多岐にわたっている。
11-07 倉見神社文書
downroad
(26kb:エクセル)
8点 第5集 ほとんどが文書綴。明治以来の神社明細、明治中期の祭礼時の奉納芝居に関するもの、昭和18年(1943)の神社名変更の関係などがある。
11-09 磯川重司家文書
downroad
(39kb:エクセル)
131点 第9集 寛政2年(1790)の「添証文之事」をはじめとして江戸期からの証文類が数点みられる。明治以降も証文・地券など土地関係の資料が中心。冠婚葬祭・火災見舞・居宅普請・出征の控帳など家に関わる資料もある。愛国婦人会のたすきも残されている。
11-12 大浦春一家文書
downroad
(26kb:エクセル)
101点 第9集 冠婚葬祭・居宅普請など家に関わるものが多い。西国・坂東巡礼や善光寺参拝など信仰関係の資料も、御詠歌を中心に多く残されている。
11-15 大浦秋雄(進)家文書
downroad
(18kb:エクセル)
5点 第9集 昭和20年代から30年代にかけての資料がみられる。「返還金通知書」は戦後の自作農創設に伴う農地売り渡し代金の精算書。当時の苺出荷ラベルも残されている。
11-23 佐藤邦彦家文書
downroad
(16kb:エクセル)
16点 第9集 享和2年(1802)の「相渡申質地証文之事」をはじめとして、土地関係の証文類が明治10年代まで残されている。「寒川村倉見小字大村規約書」は小字独自での規約書の制定であり、寒川では他に例をみない。
11-25 北村進(嘉久)家文書
downroad
(60kb:エクセル)
103点 第9集 詳細な記述の日記が数多く残されており、大正期及び昭和初期の農家の様子を知ることができる。倉見青年会による「桜蟻春風の巻」・宮山青年会による「楢箸氏青席歌句集」・「青年月並句集」など、青年によって詠まれた句集、江戸期から明治年間にかけての刊本も多く残されている。
11-29 飯田敬一家文書
downroad
(43kb:エクセル)
161点 第9集 飯田弥市氏にかかわる資料が中心。戦前は学校の修了証書、近衛歩兵連隊在籍当時の書籍や書類など。戦後は予算書など町政に関する資料が多い。
11-32 佐藤 稔家文書
downroad
(43kb:エクセル)
71点 未収録 大正期の寒川村助役佐藤峯太郎の残した記録類が中心。関東大震災当時の村の被害状況や復興の様子が詳細にわかる。
11-38 倉見大村地神講文書
downroad
(18kb:エクセル)
3点 第13集 地神講で行われる無尽講の記録が中心。地神講は戦局の悪化からか昭和19年(1944)に一時休みとなり、昭和29年に復活するが、無尽講は行われなくなった。
11-59 倉見大村庚申講文書
downroad
(14kb:エクセル)
7点 未収録 庚申待で行われる無尽講の記録が6点。寛政5年から昭和16年まで連綿と書き綴られているのは貴重である。他に稲荷講の雑費を記したものが1点。
11-60 小原藤男家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 未収録 明治16年「略本暦」1冊。
11-62 長田英雄家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 未収録 昭和11年の相模鉄道団体旅行募集のチラシ1点。
11-63 佐藤 孝家文書
downroad
(20kb:エクセル)
1点 未収録 観桜駅伝など各種スポーツ大会パンフレット等綴1点。

町外・その他

番号 文書群名 点数 目録 内容
12-01 相模鉄道(株)所蔵文書
downroad
(23kb:エクセル)
51点 15集 相模線の前身である相模鉄道(株)の事業報告書。大正7年の第一回決算書以来、国鉄に買収される昭和19年にいたるまで各期(半年)ごとの報告書がある。
12-09 三重県神社庁文書
downroad
(60kb:エクセル)
33点 14集 寒川町域および相模国関係の「旧師職取調関係文書」が中心。伊勢御師の実態を明治12年に調査し編纂された資料であり、江戸期の伊勢御師の信仰圏を広範に把握できる。
12-12 三重県総合博物館文書
downroad
(26kb:エクセル)
9点 14集 江戸から明治にかけての伊勢御師の実態を示す、「旧師職取調帳」関係資料。嘉永元年〜明治12年までに作成された資料が中心であり、明治初期の混乱期の実態や御師の宗教的活動を知ることができる。
12-14 伊勢市立図書館文書
downroad
(84kb:エクセル)
30点 14集 江戸期の資料、明治12年の旧師職取調関係文書ともに後世の写しであるが、江戸期の伊勢御師の実態を檀那の譲渡等も含め把握できる点で貴重である。
12-17 三重県立図書館文書
downroad
(59kb:エクセル)
10点 14集 「諸国抜参夢物語」、「内宮順道記」、「師職論留記」といった江戸期における伊勢参宮全般に関係する史料。
12-18 横浜国立大学附属図書館所蔵資料
downroad
(369kb:エクセル)
297点 15集 明治21年〜昭和7年の『神奈川県教育会雑誌』297冊。県内の教員の彙報、教材・教科の研究などを載せる月刊誌である。
12-19 比留川正昭家文書
downroad
(15kb:エクセル)
10点 15集 深谷村(綾瀬市)の名主を務めた家の文書。寄場組合に関するものを調査した。相模、常陸、下総、下野各国の寄場組合の構成村などの情報を書いたもので、同家が深谷村寄場名主を務めていた際、備忘録的に書き写して活用したものと思われる。
12-20 高室院文書
downroad
(504kb:エクセル)
3997点 16集 相模国と縁の深い高野山の塔頭、高室院の文書。廃寺になった慈眼院・大乗院・蓮上院・発光院の文書も含んでいる。高野山信仰(弘法大師信仰)の実態を探る上で極めて貴重な史料群である。
12-21 野呂泰夫家文書
downroad
(14kb:エクセル)
3点 15集 北秦野国民学校長を務めていた野呂敏郎が遺した資料のうち、相模海軍工廠開庁式に関するものと、寒川村立青年学校に関するもの合わせて3点。
12-25 相模原市立博物館所蔵文書
downroad
(33kb:エクセル)
41点 15集 相模原市の旧役場文書のうち、高座郡役場からの通達の綴を中心に相原村役場文書39点と、高座郡各町村の予算などに関する麻溝村役場文書2点。 ※閲覧のみ可能で、複写はできません
12-28 村山孝正家文書
downroad
(52kb:エクセル)
184点
14集
大山御師の史料。江戸期の御師名は村山八太夫。町域では一之宮村、宮山村等に檀家を所有していた。御師間での檀家の売買や、檀家との緊密な関係を示す史料がある。 ※閲覧のみ可能で、複写はできません
12-29 内海正志家文書
downroad
(156kb:エクセル)
722点
14集
大山御師の史料。江戸期の御師名は善昌坊、内海景弓。町域では岡田村に檀家を所有していた。明治以降の神道的な再編成のもとで、先導師としての活動を記録した帳簿類も多数残されており、近代以降の町域と大山の関係を知ることができる。
12-31 清源院文書
downroad
(57kb:エクセル)
174点
14集
厚木市三田にある清源院は曹洞宗天巽派(てんそんは)の中心寺院で、宮山・興全寺、小谷・福泉寺、一之宮・西光寺(現在は廃寺)の本寺にあたる。そのため、これら末寺の住職の任免にかかわるものなど、本末関係を示す史料が多数ある。
12-32 神奈川県教育委員会所蔵文書
downroad
(36kb:エクセル)
36点
未収録
赤星直忠氏のフィールドノート。赤星直忠氏は、在野の考古学者として神奈川県内の多くの遺跡や遺物の調査を手がけた。フィールドノートには、大塚横穴墓群をはじめ寒川町域のものも多数含まれている。
12-33 浄発願寺文書
downroad
(106kb:エクセル)
106点
14集
浄発願寺は伊勢原市日向にある天台宗寺院で、中瀬・景観寺や一之宮・如是庵(現在は廃寺)の本寺にあたる。本末調査の一環として平成3年に調査を行い、本末関係や寺院の什物などの書かれた史料を多数撮影することができた。
12-34 清水登美子家文書
downroad
(117kb:エクセル)
1538点 海老名
7集
社家(海老名市)出身の教育者・清水善茂の記録など、教育史関係資料が多数。善茂は大正12年(1923)から昭和5年(1930)まで寒川尋常高等小学校の校長を務めており、農業教育や郷土研究などに尽力した様子などが、この資料群からみることができる。
12-36 馬路町自治会文書
downroad
(19kb:エクセル)
32点 15集 江戸時代に宮山村を知行した旗本杉浦氏の関係資料。杉浦氏は8千石の旗本で、所領は相模・丹波などにあった。馬路村(京都府亀岡市)もそのひとつで、同所には区有文書として杉浦氏の支配のありかたを示す史料が大量に遺されている。このうち先納金や軍役など、相模・丹波双方の領民の負担を示す史料32点をマイクロフィルムに収めた。
12-39 東昌寺文書
downroad
(20kb:エクセル)
33点 14集 高野山の僧侶が相模国において檀家廻りをする際に立ち寄った拠点寺院のひとつ。資料からは、檀家帳・檀廻帳等の作成過程、および檀廻の実態などが明らかとなる。
12-40 中津川文道家文書
downroad
(14kb:エクセル)
9点 15集 藤沢市打戻の盛岩寺住職の個人蔵文書。明治・大正期の教科書、小笠原東陽の事跡に関するものなどがある。このうち「小学文章階梯」の編集にあたったのは、当時旭学校教員で、のちに寒川高等小学校初代校長になる皆川寛と、その弟でのちに遠藤(藤沢市)窪島家に入り小出村長を務める皆川誠の2人であった。
12-41 高橋 勉家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 15集 一之宮にあった日東タイヤ(株)相模工場構内の平面図。昭和44年(1969)当時の建物の配置を示している。同工場は相模海軍工廠跡地の一部に設立された昭和護謨(株)を引継いで昭和24年に設立された。同工廠の本部庁舎や寮だった建物をそのまま工場で利用していたようすがわかる。
12-44 鈴木智恵家文書
downroad
(18kb:エクセル)
2点 未収録 戦中期の寒川町国民学校の修了証書と寒川信用販売購買利用組合の貯金通帳。貯金通帳には「稼ぐに追付貧乏なし」「致富秘訣者勤倹也」といった標語が付されているほか、組合員の心得として教育勅語や戊申詔書の奉戴などが記されており、時代状況をあらわしている。
12-53 勝木坊文書  
downroad
(14kb:エクセル)
4点 14集 関東周辺に檀那場を持つ羽黒修験の史料。平成4年と6年に各宿坊で調査・撮影させていただいた。修験の持つ檀家の書き上げや檀那場を巡回した時の記録など、 江戸から明治にかけての出羽三山信仰の実態がわかる資料群である。
正伝坊文書  
downroad
(6kb:エクセル)
3点
大聖坊文書  
downroad
(15kb:エクセル)
9点
宮田坊文書  
downroad
(31kb:エクセル)
80点
養清坊文書  
downroad
(14kb:エクセル)
1点
桜林坊文書  
downroad
(14kb:エクセル)
9点
橋本坊文書  
downroad
(17kb:エクセル)
18点
12-58 大山阿夫利神社文書
downroad
(14kb:エクセル)
8点 15集 明治16年(1883)に権田直助によって編纂された「開導記」8点。大山御師(先導師)の檀家の軒数を、都道府県、郡、村、先導師別に書き上げたもので、江戸時代以来の大山の信仰圏がわかる貴重な史料である。
12-62 神奈川県立公文書館文書
downroad
(197kb:エクセル)
411点 15集 『神奈川県統計書』は明治17年から昭和15年までの県の基本的な統計を収めたもので、特に昭和10〜15年までは町村ごとに細かい統計数値が載っており、寒川村のより詳細なデータをつかむことができる。 『神奈川県農会報』は、農事の改良進歩を目的に明治28年に設立された神奈川県農会の機関誌で、県内のさまざまな農業事情を網羅する。 『神奈川県教育概要』は昭和24〜27年、『教育年報』は昭和38〜平成5年の、神奈川県の教育行政の概要をまとめたもの。
12-68 山内多美子家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 15集 相模海軍工廠女子挺身隊のうち、寒川出身者による寒川隊に関する資料。敗戦を迎え退廠する際に、寒川隊や配属先の同僚らに書いてもらった寄せ書きが中心で、ほかに工廠での略歴が簡単に記されている。
12-70 小川一郎家文書
downroad
(15kb:エクセル)
14点 15集 小川一郎氏は、工員志願生の第1期として昭和19年1月に相模海軍工廠に入廠。第1火工部第2工場でおもに手投げ火焔壜に燃料を詰める作業に従事した。また戦後は寒川町農協に勤務した。工廠関係のものとしては、入廠時に訓練を受けた際の授業ノートや実習日誌があり、農協関係のものでは、総会資料や有線電話に関するものなどがある。
12-73 二宮 毅家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 未収録 湘南ウィークリー寒川版(昭和50年10月26日号)。
12-87 一宮 修家文書
downroad
(60kb:エクセル)
29点 第14集 江戸時代から明治期の、壇廻・配札関係文書。
12-94 海老名市蔵 高橋正浩家文書
downroad
(14kb:エクセル)
4点 15集 もと海老名市杉久保在住の高橋正浩氏旧蔵文書で、現在は海老名市教育委員会が所蔵している。413点の資料の目録は『海老名市史資料所在目録』第6集に収録されているが、この中から寒川尋常高等小学校と相模鉄道に関するもの4点を撮影させていただいた。
12-99 鈴木喜明家文書
downroad
(26kb:エクセル)
7点 未集録 宮山の大柳堰で取水した花川用水の状況を示した絵図2点が、同用水最下流である茅ヶ崎市萩園の鈴木家にある。他に、東海道馬入の渡しに関する史料3点、俳句に関するもの2点を撮影させていただいた。
13-10 滝瀬一雄家文書
downroad
(14kb:エクセル)
2点 15集 関東取締出役・太田源助に関する資料。太田源助は天保10年(1839)以降、相模国をおもに担当しており、一之宮村寄場組合にもしばしば立ち寄っていた。平成7年(1995)10月、『寒川町史』3編集のための調査として、日野市史編さん室と合同で、源助の子孫にあたる滝瀬氏宅を訪問。陣笠などの遺品とともに撮影することができた。
13-12 中央大学図書館所蔵文書
downroad
(14kb:エクセル)
2点 15集 法制史研究で著名な隈崎渡氏の収集した古文書のうち、当町関係の史料を2点撮影した。このうち1点は、天保10年(1839)に一之宮村の旗本森氏知行分の一部が 幕領に分郷される際の手続きについて詳述したもので、その成果は『寒川町史』6「通史」などに反映されている。
13-13 成安寺文書
downroad
(24kb:エクセル)
4点 15集 明治26年の真福寺鰐口由来書ほか。
13-54 田中吉郎家文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 15集 昭和19年6月、寒川へ集団疎開に来た横須賀市豊島国民学校の引率教員の日記。約440名が16か所の宿舎に分散したうち,南泉寺班30名の児童の様子が克明に記されている。
13-55 丸山 清家文書
downroad
(23kb:エクセル)
84点 15集 神奈川県農業改良普及員として永年寒川町の農業の指導に尽力してきた丸山清氏が、関係資料を1冊に綴ったもの。昭和30年代の農業の概況を示す、講習会の資料や農協の事業計画書・報告書など。
13-56 柏木昭子家文書
downroad
(14kb:エクセル)
3点 15集 相模海軍工廠女子挺身隊明見隊の隊員だった柏木氏の、保険証や弁当券など当時の記録。
13-59 金沢コレクション文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 未収録 金沢甚衛氏旧蔵の「金沢コレクション」のなかから購入。「辰御年貢御割付銘々持高帳」は安永2年の小動村の年貢割付について書き上げた資料。
13-70 平川卓史氏寄贈資料
downroad
(21kb:エクセル)
1点 未収録 昭和26年刊『郷土史話さむかは』の初版本1冊。
13-74 塩原真澄氏寄贈資料
downroad
(23kb:エクセル)
1点 未収録 昭和31年1月現在の神奈川県地図。昭和大合併の進捗状況が反映された記載がみられる。
13-77 松野幸夫氏寄贈資料
downroad
(23kb:エクセル)
2点 未収録 東海道新幹線の絵はがき2枚。
14-24 杉浦文書
downroad
(14kb:エクセル)
1点 未収録 宮山村領主杉浦家関係文書。古書店より購入。「旗本杉浦家八千石 陣立 御料地」は杉浦家代々の事跡、旗指物、御料地等について記したもの。
15-07 国立公文書館
downroad
(31kb:エクセル)
22点 15集 町史編さん事業で収集した近世史(関東取締出役関係)、近代史(砂利採取関係)、宗教史(寺院由緒)などの資料。
15-15 平塚市博物館文書
downroad
(29kb:エクセル)
80点 未収録 一之宮村の江戸時代から明治時代にかけての古文書80点。郷土史家・高瀬慎吾氏のコレクションの一部で、年貢、五人組帳、堤防の普請、地租改正関係など多岐にわたる。

資料の閲覧方法

このページの先頭へ戻る
本文ここまで