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第25回企画展示  1947年 新生寒川町のはじまり
 (会期:平成29年7月7日〜2月28日)


 はじめに

 ちょうど70年前の昭和22年(1947)は、日本国憲法が施行された年です。それにともない、地方自治法や教育基本法などが制定され、 行政や議会の制度が改められたり、新制中学校が誕生したりと、我が国のあり方が大きく変わった年です。
 茅ヶ崎市・寒川町 広域連携事業の一環で行うこの展示では、新制度のもと寒川町がどのように変わったかを、さまざまな資料を使ってご紹介します。

会場のようす
会場のようす

 寒川村から寒川町へ

 明治22年(1889)に11の大字が集まって成立した寒川村は、昭和15年(1940)11月1日、町制を施行して寒川町が誕生しました。 紀元2600年の記念事業であるとともに、工場の進出にともなう人口増加など都市化の様相が著しかったことによるものです。 このコーナーでは寒川町の成立と戦時下の様子をご紹介します。

町制施行記念アーチ
町制施行記念アーチ(昭和15年、当館蔵)

 臨時国勢調査

 国勢調査は大正9年(1920)以降、5年ごとに実施されている全国的な人口等に関する統計調査で、その結果は調査・研究や施策立案などに役立てられています。 昭和20年(1945)に行うはずだった調査は、敗戦の混乱により実施できなかったため、2年後に臨時調査が行われました。 この年に制定された統計法に基づく初めての調査でもありました。
国勢調査の調査票
国勢調査の調査票(寒川町公文書)

 日本国憲法の施行

 日本国憲法は、それまでの大日本国帝国憲法に代わり、昭和21年(1946)11月3日に公布、昭和22年5月3日に施行となりました。 「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」を掲げ、新しい国のあり方を定めたものです。寒川町でも、寒川神社で祈祷が行われたり、 農村文化講座で講義が行われたりと、普及等についてさまざまな動きがありました。
日本国憲法
日本国憲法原本(国立公文書館デジタルアーカイブ)

 地方自治と選挙制度

 地方自治法は日本国憲法にもとづき、地方公共団体の組織や運営のあり方を定めた法律で、昭和22年(1947)4月17日に公布されました。 都道府県や市町村の議会や執行機関、財務などについて詳しく規定されています。地方住民の政治参加を保障する内容となっており、 これにもとづいて昭和22年4月に実施された選挙は、国政選挙も含めると5回、9種にも及びました。
衆議院議員候補者一覧
衆議院議員候補者一覧(大蔵自治会文書)

 寒川町議会と真田町政

 昭和22年(1947)4月、新制度のもとで行われた選挙により、町長と町議会議員が選出されました。町議会議員は34名の候補者から26名が当選し、 5月12日から議案の審議を始めました。一方、公選初代町長は真田喜一。変革期の町制を担うなか、文学者の出身ということもあって、 文化事業に力を注ぎました。


真田喜一
真田喜一

 六三制の発足

 昭和22年(1947)、日本国憲法にもとづいて教育基本法および学校教育法が制定されました。これにより、小学校6年、中学校3年の合計9年の課程が義務教育となりました。 寒川町でもこれに対応するため、中学校の新設や小学校の整備が進められましたが、財政難の折柄、子どもたちのために寄付や奉仕活動を行う町民の姿がありました。


改装工事中の寒川中学校
改装工事中の寒川中学校校舎(真田耿子さん蔵)

 展示ケースの資料から



 寒川中学校の校歌「紺碧の理想」は、真田喜一町長が「喜七」のペンネームで書いたものです。昭和23年3月、発表会が盛大に行われました。


寒川中学校校歌歌詞原本
寒川中学校校歌「紺碧の理想」の歌詞原本
(真田耿子さん蔵)
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