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第30回企画展示  県営住宅と岡田遺跡
 (会期:令和元年10月21日〜12月28日)
岡田遺跡出土 釣り手土器


 はじめに

 岡田の菅谷神社の周辺に建ち並ぶ県営住宅は、昭和34年(1959)から建設が始まりました。まず木造の45戸が完成して翌年から入居が始まり、その後も少しずつ拡張されていきました。それから60年がたち、令和元年9月現在、560世帯あまりが暮らしています。
 この間、昭和56年度から大規模な建て替え工事が始まり、それに伴い岡田遺跡の発掘調査が行われました。その結果、わが国でも有数の縄文時代の大集落が見つかり、注目を集めています。
 この展示では、県営住宅の60年の歴史を、公文書や写真などで振り返るとともに、岡田遺跡から実際に出土した遺物を並べましたので、数千年のいにしえにも思いを馳せていただければ幸いです。

会場風景
会場風景

 空からみる県営住宅

 昭和21年(1946)から平成27年(2015)まで12枚の国土地理院空中写真を並べ、県営住宅の建設、増築、改築の様子を俯瞰できるようにしました。

昭和36年
昭和36年(1961)

平成17年
平成17年(2005)

 県の住宅施策と寒川住宅

 昭和20年代、神奈川県では、空襲で家を失ったり、海外からの引揚者が多くいたりと、住宅が慢性的に不足していました。県は公営住宅の建設を急ぐとともに、県営分譲住宅の供給や住宅公社の設立など、さまざまな施策を打ち出しました。昭和30年代になっても、経済成長にともなう人口流入もあり、公営住宅の役割は大きな位置を占めていました。寒川においても、昭和34年度から、岡田に大規模な県営住宅や県分譲住宅の建設が始まり、寒川の発展に大きな役割を果たしました。
昭和37年の間取り
昭和37年建設の寒川住宅の平面図
(神奈川県立公文書館蔵)

 写真でみる過ぎし日々

 県営住宅の発足から60年がたち、その姿は大きく様変わりをしました。そこに住む皆さんもさまざまな活動を通じて歴史を紡いできました。ここでは、自治会蔵、個人蔵、そして当館の所蔵する写真からその足跡をご紹介します。
第1期住宅
第1期住宅(昭和34年)

菅谷第一公園
菅谷第一公園(昭和38年)

敬老会
自治会主催の敬老会
(昭和44年)

 建て替え工事と岡田遺跡

 建設から20年あまりが経過し、住宅の建て替えが計画されました。木造や簡易耐震住宅を鉄筋に造り替えるもので、1戸あたりの面積も広くなりました。この場所は包蔵地に指定されていたため、工事にあたっては埋蔵文化財の調査を行う必要がありました。調査は昭和57年(1982)から平成元年(1989)まで足かけ8年にわたって行われ、全国でも有数の縄文時代の大集落がみつかるなど、その成果は大いに注目されています。
岡田遺跡現場説明会
岡田遺跡現場説明会

完成間近の建て替え工事
完成間近の建て替え工事

 岡田遺跡の発掘

 岡田遺跡は、相模川の支流にあたる目久尻川と小出川に挟まれた標高24メートルの相模野台地上に所在する遺跡です。県営住宅の建て替えにより大規模な発掘調査が実施され、旧石器時代から弥生時代にかけての遺物や遺構が確認されています。
 特に縄文時代中期の竪穴住居址が600軒ほど確認されており、未調査部分も合わせると、1,000軒ないし1,500軒の規模になる可能性があり、県内で最大規模、全国的にみても有数の環状集落になると考えられています。
 この展示では、文化財学習センターに保管している遺物のうち、代表的な土器、石器を間近に見ていただけるようにしました。

展示した土器

展示ケース

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